【自己紹介】元いじめられっ子。自分を隠しすぎて元の自分がどんなだか分からなくなった私からの脱出。

こんにちは!

びとう ひかる(@bitohikaru1011)です。

見てもらったらわかるように、私、まあまあ美人ですよね?

そう言われることが多いし、自分でもそこそこだと思ってます。

じゃあ順風満帆な人生を送ってきたか?と聞かれると、そうではなくて。

自分のダメなところを見透かされるのが怖くて、いつもびくびくして。それを隠すために人前では猫を3重に被って。ありのままの自分を知られまいと、毎日必死。

けど、そんな人生もうやめた!

一歩踏み出した私の決意表明を、読んでいただけると嬉しいです。

【簡単なプロフィール】

名前:尾藤 光 (びとう ひかる)

仕事:人を勝たせること

①先生の先生。授業改善、プレゼン指導、ピッチ指導

②ヨガ・空手・書道インストラクター

③マーケターとしてのコンサル業(強み発掘・ブランディング・web・町おこし・ SNS・コワーキングスペース・個人業など人が動くこと全般)

④イベント企画・運営・ライター

夫の転勤について行くために、最近、中学校教員をやめました。

満足のいく働き方を模索中。

【ざっくり経歴】

■1989年 茨城県出身。3人兄弟の長女

■幼少期  ピンクレディーと時代劇が大好き

■小学校 実家は空手の道場

    (靴をそろえないと竹刀が飛んでくる)

■中学校 いじめられる

■高校  さらにいじめられる

■大学  彼の浮気が人生の転機に

■教員  荒れた学校でリアルやんくみ生活

■現在  発信活動を開始←New!!

厳しい家庭で、学校ではいじめられ、恋人には浮気される。

そんな経験をした私は、自分のことが大嫌いでした。誰よりも劣っていると思っていました。

でも、今は超ポジティブ!自分の人生の主導権を取り戻しました!

落ち込んだり、上手くいかないこともあるけれど、自分の感情の波を、乗りこなせるようになってきました。

そのままの私をさらけ出したらどんな反応が来るのかビクビクしながら書いてます。

よかったら読んでいって下さいね。

【自分が嫌いになった小学校時代】

下の段、右から4人目が私

実家は空手の道場で、両親が師範。

世界大会に選抜されるような選手を輩出する、本気の道場

1月の川に入る苦行「寒稽古」
1月の川に入る苦行「寒稽古」

ほとんど褒められることがなくて。

でも、たまに父の言ってくれる「頑張ってるね」の言葉が、嬉しくて嬉しくて。両親に愛されるために必死

神社の階段で手押し車

両親の顔色を必要以上に気にする子どもでした。「頑張ってる」=「自分の価値」だと思い、頑張ってる自分アピールを開始。

この頃、楽にできてしまうことは避け、迷わず苦業を選択する癖がつきました。

【善人になりきれなかった私】

母は毎日絵本を読んで、「善く生きなさい」と言い聞かせてくれました。

時代劇で学んだ勧善懲悪マインドもあいまって、私はどんな時でも「善人」でいようとしました。

そんな善人の私は、体の不自由な祖母の介護を頼まれ、トイレに行くのも、靴下を履くのも介助が必要で。

母には頼みにくかったのでしょう。祖母は事あるごとに、私の名前を呼び、介助を依頼。

大好きなおばあちゃん、だけど、遊びたい盛の私。

いやいやそれを引き受けていたし、

聞こえないふりをしたことも。

「善人であるべき」という思いが強かった私は、自分のことが大嫌いになっていきました。

【絶対に戻りたくない中学校】

「今まではつらかったけど、中学校生活はきっと楽しくなる!」期待を胸に中学入学。

中学入学式

そんな矢先、私はいじめの標的に。

キッカケはある男の子告白をお断りしたこと。噂はまたたくまに広がりました。

「何様のつもり」

「〇〇くんが可愛そう。」

「見る目無いよねあんな女好きになるなんて」

「あいつ、こんなこともしてるらしいよ。うわキモイ。」

全然見に覚えのないことも色々言われ、それからは地獄の日々

席替えをしても、隣の席の子は机をくっつけてはくれない。

廊下を歩いているだけで菌扱い。

トイレに閉じ込められたり。

先輩方がわざわざ教室まで私を見に来て、

指を指して「あいつだよ、爬虫類みたいな顔してるよね。」

「いやー出目金でしょ」

笑い声がとても怖かった。

自転車のタイヤは、画鋲が刺さっていました。1年間で6回。家まで一時間、押して帰りました。両親に知られたらいけないと思って、自分のお小遣いで、こっそり自転車やさんに行きました。

上履きに何か入れられることが多かったので、毎日確認するのがいやでした。

ある日いじめっ子が「こいつのこと嫌いな人―!!」とクラスに呼びかけクラスのほとんどの子が手を挙げました

嫌がらせを挙げたらキリがないくらい。

遺書でも書いて、窓から飛び降りたら、この子たちは反省してくれるのかな。そんなことをぼんやり考える毎日。

毎日そういう評価をされていたせいか自己肯定感が低く、「こんな私、いじめられて当然」と本気で思ってました。

【またもやいじめを経験。高校時代】

中学校はなんとか耐え抜き、空手のスポーツ推薦で強豪校に入学。

「空手の子」で覚えてね

■朝は始発に乗り朝練

■昼練

■夕方は部活

■部活後に別の道場に移り夜練

夜はもう電車が無いので母が往復2時間かけて迎えに来てくれる。

ここでもいじめを経験

きっかけは、先輩の好きな人と仲がよかったってこと。男の人と話をしているだけで、男に媚びを売る男好き扱い。

体育会系の陰湿ないじめは、壮絶なものでした。嫉妬や反応の面白さなど、私がいじめられる要因は探せばいくらでも出てきます。

昨日まで友達だと思っていた子たちが目も合わせてくれなくなる。本当に恐ろしいことです。

ご飯も食べられなくなって。眠れなくなって。最初に異常に気づいたのは母。

「今日は学校をお休みしよう」

そう言って、映画に連れて行ってくれました。

洋食屋でパスタを食べました。数口しか食べられなかったけど、美味しいと感じました。

味を感じなくなっていたことにすら気づかなかった

たくさん泣きました。何も聞かず、ただ背中を擦ってくれる母。いじめられる、情けない子どもでごめんなさいと思いました。母のおかげで今の私があります。

両親が顧問の先生に現状を報告。

いじめが止み、練習に集中できるように。

その後2年間は、部活一筋の生活を続け、全国大会優勝を経験。

引退後、喜びに拍車をかけるように大好きな彼氏ができました!ここまでの人生が報われた、1番幸せな時期。大好きな彼と自転車に二人乗りしたり。今までの分、青春を謳歌。

【彼の浮気が人生の転機に 大学時代】

ポスターガールしたら友達増えた

その幸せは長くは続かず、大好きだった彼の浮気が発覚。しかも相手は私の友達

自己肯定感の低い私は、全部自分が悪いと、自分を責める。

尽くすことが愛情なのかと思っていました。

次にお付き合いした彼は、浮気常習犯

典型的なダメンズウォーカーですね。

ある日の出来事

最近元気がない彼のために、こっそり朝食を作りに行こうと計画!

食材を持って、彼を起こさないようにゆっくりドアを開ける

ん?声がする。電話中かな?

ん?足元にあるのは…女物のブーツ?

部屋には脱いだ服たちが散乱…

ベッドから出ている美脚はいったい誰の足?

彼と目が合った…

心臓が止まるかと思った。

そっと扉を閉じて逃げ帰った私。

彼からの連絡を待ち数時間。

その時彼は、仕事もうまくいっていなかったし、体の調子も悪そうだったし、私に浮気までバレて…こんなに連絡が来ないなんておかしい。

死んじゃってたらどうしよう!!

焦ってもう一度彼の家にダッシュ。

ドアを開けると…

まだその子と寝てました。

数週間後

やっぱりお前しかいない!と戻ってきた彼

「彼は一ミリも悪くない」

「私の良さに気づいてくれて嬉しい!」

この頃の私、変でしょ?けれど、この浮気が、人生の転機になりました。

この話を仲の良い友人にしたところ、「光は共依存かもしれない」といって、チェックリストを見せてくれたんです。

ほぼ全ての項目に当てはまった!!

大学時代。友人の結婚式にて。
(共依存真っ盛り期。彼との旅行代や美容代を稼ぐために
身体を壊すぐらいバイトに明け暮れる)

「共依存」を知ったことをきっかけに心理学を通して自分の心と向き合うように。

その中で、心理学の面白さにズブズブのめりこんでいったんです。

カウンセリングやコーチングも学び、自己啓発本を読み漁り、そこから派生して、別のジャンルの本を読み、本や講演会、興味ある様々なジャンルのセミナーに行きまくり。

多様な価値観を持った方々と出会いました。徐々に視野が広がり、自分の凝り固まった価値観を緩めていくことに成功。

自分と向き合うために、どうありたいのか毎日日記を書き始め、この感情はどうして湧いたのか、どうすれば心地よく過ごせるのか、毎日毎日ひたすら書き、実生活で実験。

これを繰り返したことで自分の感情の波を乗りこなせるようになってきた!両親とは何度も話し合いをして、私の思い込みで自分をがんじがらめにしていたことが判明。

友人にも、そのままの自分を少しずつ出せるようになってやっと、自分の人生を歩き始めました

【社会人、リアルやんくみ生活スタート】

大学を卒業し、興味のあった教育の世界へ

素敵な教員仲間に恵まれた

採用試験のアピールポイントに「空手三段、全国大会優勝!」と書いてしまったがゆえに、指導困難校に配属

リアル「ヤンクミ」だった私の日常を少しだけお話します。

この学校での日々は、毎日がドラマのよう。

■椅子を投げられる

■喧嘩を止めるために、自分が怪我する

■「今すぐ来てくれないと私死ぬから」という連絡が入る

■夜中まで家出少年、少女を捜索

■毎日割られる窓ガラス、廊下につばを吐く

■木刀を所持、金属バットを振り回す

■当たり屋として稼いでいる子

■ピッキング常習犯、盗んだバイクで登校する。

(体育館の鍵がなくなった時、ピッキング常習犯が開けてくれました…)

尾崎豊か!いつの時代だお前たち!!と

突っ込みたくなることばかり。

■全てのトイレには鉄格子。

(火のついたタバコを窓から民家に投げてしまうため)

■消防法に反しているが、ベランダへのドアは開かない。

(ここの生徒たちは、雨どいをはしご代わりに使って屋上に行こうとするため。)

■スクールパトロールとして、元警察官が駐在。

■暴力団系の組が近くにあるらしく、

その娘や息子がスクールカースト上位を陣取る。

(義理堅く筋は通す子たちでしたw)

愛情に飢えている子が多くいました。

教員になって生徒からかけられた第一声は

不良くん
俺先生とヤりて〜

【こんな環境で仕事を楽しめた訳】

こんな環境でも、仕事が楽しかった

なぜなら、全国の素晴らしい先生方がサポートしてくれたから。

現場では、生徒たちの反応が動物的で…素直なんですよね。いい意味でも悪い意味でも。分かりにくいことやつまらないことを話すとすぐに学級崩壊が起こります。

困った私は、大学時代から入っていた教育団体に助けを求めました。全国には、自主研修する先生方の集まりが、いくつもあるんですよ。

そこには、「子どもを育てることは、日本を作ることだ」と志高く自分を律する、なんでも楽しい活動に変える、すばらしい方々が集まっていました。教員という仕事を、心から楽しんでいる人たちが実はたくさんいるのです。

こんな小娘1人が考えることには限界があります。だから、歴代の先生方の先行研究を調査したり、授業上手な先生方に模擬授業を見せたり、授業参観させてもらったり、良質な書籍を読んだり…。

ワクワクしちゃう授業を作る学校作りのプロたちと同じ空気を吸い、切磋琢磨することで、仕事への取り組み方が変わってきました。

そうなってくると、やればやるほど奥が深くて、仕事は楽しくてしかたがありませんでした。環境が人をつくるんですね。

【新たな門出 結婚】

尊敬する彼と出会い、二年前に結婚しました。

穏やかで、温かい、知的な彼です。

生徒、保護者、卒業生たちがお祝いに駆けつけてくれました。その数100名越。

「先生のために気合い入れてきました!」赤髪、金髪、剃り込み頭、パンチパーマに、キャバ嬢顔負けフルメイク、入れ墨自慢。

そうかと思えば

「式場まで行ったんだけど、勇気がなくて入れなかった」

「誰かに会うの怖いから行けないけど、お手紙読んでね」と

内気な子どもたちからも愛されているようです。有り難くて泣けます。。

結婚式での一コマ

【今後の私】

2019年3月、夫の転勤についていくために仕事をやめました。

自分で選んだことだけど、天職だと思っていた仕事がなくなり、知り合いが1人もいない地方(富山県)に引っ越すことは不安です。

何ができるかは全く分かりませんが、より良い選択をしていきたい。その第一歩目として、留学を決めました。(2019.10~セブ留学予定)

いじめられっ子でネガティブで学力コンプレックスの塊だった私。他の人と自分を比べては落ち込んでいた私。

そんな過去の私には、想像もできなかった世界への第一歩。

今は、私ならきっとやっていける、そんな根拠のない自信があります。なぜなら、「人は、いくらでも変われる」ということを人生を通して学んだから。

それは、

「そのまんまでも、受け入れてくれる暖かい人たち」のおかげ

「どうしたら改善できるか一緒に考えてくれる人たち」のおかげ

「新しい価値観で、第三の道を示してくれる人たち」のおかげ

過去の私はまだたまに顔を出すけれど、みんなのおかげで、今はそのまんまを認められるようになってきました。

今度は私も、だれかのそういう存在になれたら嬉しい。だから発信活動をはじめます。

新しい場所でも私らしく、毎日を充実させて生きたい。

そしてその毎日を、誰かの役に立つように伝えていきます。

最後まで読んでくれてありがとう♡

6 件のコメント

  • 素敵で素晴らしい手記ですね。そっかあ。恋愛の下りを読んで、相手に尽くすのが良いことだと思ってしまうのは、自己肯定感が低いからなんだなって発見しました。私は十数年間そうして連れ添った人と離婚しています。自分らしく生きるとは別の生き方でした。家族のために身を尽くすことに、何の疑いもなく生きて来ました。離婚後何て自由なんだ!と、今を満喫しています。まだまだやりたいことがたくさんあるはず。生き方に勇気をもらいます!これからも発信して行くそうで、フォローさせていただきます。生き生き輝く人生を送って締めくくるのが、希望です。何から手を付けようって、ワクワクする気持ちも生まれます。本当にありがとうございます!これからよろしくお願いします✨✨✨

    • 温かい、本当に温かいコメントをありがとうございます。工藤様が自由を取り戻して今を満喫していること、私にとっても励みになります。
      なぜなら、自由って、楽しむことが難しいからです(特に私のように生きてきた人種は・・・)実は最近も落ち込んでいて、(仕事がなくなった分、自分を肯定しにくくなっているのだと思います)励まされました。今後ともよろしくお願いいたします!!

  • 今日は午前も午後もイベントにご一緒させていただき、楽しかったです。日本を元気にしてね、私ももちろん元気にしたいから、そうなるのワクワクします。これからもよろしくお願いします。

    • みやみきさんコメントありがとう ♡
      自己紹介読んでもらえてうれしいです!
      日本を元気にしまーす!!!

  • 南部中で一緒だった渋谷です。教員、やめられていたんですね。どうりで、いないはずですねインスタで偶然飯島さんを見つけて、嬉しくなってコメントしました。元気で、何より幸せそうで良かったです

    • わー渋谷先生お久しぶりです♡
      ご連絡いただけてとっても嬉しいです!!

      教員離れた後も、子供たちや先生方、親御さんからSNSでたくさんご連絡いただいて、いい時代だなぁと思います。
      教員でなくなっても、1人の人として皆さんとつながっていけるのは本当にありがたいことですね。
      お陰様でとっても幸せな毎日です。
      渋谷先生もますますのご活躍をヽ(´▽`)/

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